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東京地方裁判所 昭和28年(行)62号 判決 1954年1月26日

原告 東宝株式会社

被告 東京都収用委員会

一、主  文

被告が昭和二十八年七月十五日に為した別紙記載の通りの裁決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申立て、請求の原因として、

原告は映画の製作・配給並に上演等を業とするものであり、別紙裁決書土地等の目録記載の物件(以下本件物件と言う)を所有するものであるが訴外内閣総理大臣は訴外東京調達局長の申請に対し昭和二十七年十一月二十八日東京都千代田区有楽町一ノ一二所在土地一一六四、八七坪、建物四七九三、五〇延坪、工作物五件、設備九件、動産一二、八八一点について日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(以下安全保障条約と言う)第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(以下単に特別措置法と言う)第五条所定の使用の認定をして、これを告示し、東京調達局長は該使用の認定に基く原告との協議が成立しなかつたとして被告に対して特別措置法第三条、第十四条、土地収用法第四十一条により本件物件使用の裁決を申請し被告は該申請に対し昭和二十八年七月十五日別紙記載の通りの裁決(以下本件裁決と言う)をして原告に通知し、原告は同年七月十七日その裁決書を受領した。然しながら本件裁決には次の如き瑕疵がある。

(一)被告は本件物件については昭和二十七年十一月二十八日内閣総理大臣が使用の認定をしたものであるとしてその使用の認定を基礎として本件裁決をしたのであるが内閣総理大臣が同年十一月二十八日に為して告示した使用の認定においては前述した通りに、認定された物件についてその所在と員数が表示されて居るに過ぎず、右表示を以てしては使用認定物件は具体的に特定できないので、その処分の内容は全く不明確であり、違法と言う外ない。かかる内容の特定しない違法な使用の認定に基き、その使用認定物件が本件物件と一致するかどうか不明であるにも拘らず漫然本件物件につき使用の認定があつたものとして為された本件裁決は違法であると言わなくてはならない。

(二)特別措置法第十四条第一項、土地収用法第七十一条によれば、使用によつて生ずる損失の補償については、使用の裁決の時の価格によつて補償額を算定し、補償しなければならないものである。然るに本件裁決における損失補償額は、昭和二十八年一月一日より同年四月三十日迄の東京国税局の調査した本件物件の価格を基礎として算定されて居るものであるから本件裁決は全体として違法であると言わなければならない。

(三)特別措置法第十四条第一項、土地収用法第四十八条第一項第一号により特別措置法に基く使用の裁決においては使用物件の使用の方法を裁決しなければならぬものとされて居る。本件裁決を見ると、本件物件の使用の方法として日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の使用に供するものとするとあるだけである。特別措置法は、その第一条、第三条よりして明らかな通り、駐留軍の用に供する土地等を使用又は収用する為に制定された法律なのであるから、同法によつて使用又は収用される物件が駐留軍の用に供せられるものであることは本件裁決におけるが如き使用の方法についての定めを俟つまでもなく明らかなことである。従つて特別措置法第十四条第一項、土地収用法第四十八条第一項第一号に所謂使用の方法とは右の如く当該物件が何人の用に供されるかと言うことではなく、当該物件が具体的に如何なる用途に充てられるかを明らかにすることでなければならない。然るに本件裁決においては本件物件が具体的に駐留軍の如何なる用途に充てられるものであるかが明らかにされて居ないから、この点においても本件裁決は違法である。

(四)特別措置法第三条によると、駐留軍の用に供する為に使用し得る物件は、駐留軍の用に供することが、適正且合理的である土地等に限られるものである。ところで安全保障条約はその冒頭において「日本国はその防衛の為暫定的措置として日本国に対する武力攻撃を阻止する為に日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する」と述べて居ることからして明らかな通り、アメリカ合衆国軍隊が日本に駐留する目的は専ら日本国に対する武力攻撃を防止することにあるのであるから、特別措置法第三条に所謂駐留軍の用に供することが適正且合理的であるとは、駐留軍において当該土地等を使用することが駐留軍の右の如き目的を達成する為に直接必要であることを意味するものと言わなくてはならない。ところが本件物件は元来劇場とその敷地附属施設であり、現実にも本件建物の大劇場(一階乃至三階表側)並に小劇場(四階表側)は主として映画上映の為に使用され時にシヨウその他演劇興業に使用されて居るが、その興業はいづれも有料であり、顧客は駐留軍々人に限らず連合国軍人、文官その他これらの同伴者たる日本人にも及んで居り、更に本件建物の中には図書館等が開設されて居る外、地下階においては駐留軍より経営を請負つた第三者がスナツクバーを営み、その他駐留軍以外の者が時計修繕、写真現像等の営業を為して居る実情にある。上叙の処からすれば、本件物件を使用することが、安全保障条約に定められた駐留軍の駐留目的を達成する為に直接必要であると言へないことは明らかであるから、本件物件が「駐留軍の用に供することが適正且合理的」なものであるとして為された本件裁決は違法と言はなくてはならない。

以上の通り本件裁決は違法であつて、取消を免れないものであり、本件物件は原告に返還さるべきものであるが、本件物件は原告において前述の営業を行う上に是非共必要なものであつて、速かにその返還を受けなければ営業上多大の支障を蒙り映画界の落伍者とならねばならない状況にあり、更に本件裁決による使用期間は昭和二十九年一月二十七日迄であるから訴訟の終結迄に相当の時日を要する実情にある現在においては本件裁決について訴願手続を経由して居ては訴訟による利益を受け得なくなる虞れもあるので原告は訴願裁決を経ることなく本件訴を提起したものである。」と述べ、被告の主張に対し、

「被告主張事実中、東京調達局長が内閣総理大臣に提出した使用の認定申請書に添附されて居た土地物件調書に本件物件が表示されて居ることは認めるが、本件物件が駐留軍軍人の軍事講習、講演の為にも使用されて居るとの事実、東京都区内の駐留軍々人の営住状況が被告主張の通りであるとの事実は不知である。使用の認定とは、その告示自体において内容が特定されて居なければならないものであるから、右使用の認定の告示における使用認定物件の表示が前述の通りである以上、その使用認定申請書添附の土地、物件調書に本件物件が表示されて居てもそのことの故に右使用の認定の内容が特定され、本件物件について使用の認定があつたものと言うことはできない。」と述べた(証拠省略)。

被告指定代理人は、請求棄却の判決を求め、

「原告主張事実中、原告がその主張の営業を為すものであること、本件物件が原告の所有であること、内閣総理大臣が東京調達局長の申請に対し、昭和二十七年十一月二十八日原告主張の如き使用の認定をしてこれを告示したこと、被告が東京調達局長の申請に対し、昭和二十八年七月十五日別紙記載の通りの裁決を為し、原告が同年七月十七日その裁決書を受領したことは認める。

(一)特別措置法第五条所定の内閣総理大臣の使用の認定とは、その申請者たる調達局長に土地等を使用する権限を与える行政行為であるに止まり(特別措置法第七条第二項、第十四条第一項、土地収用法第三十四条により調達局長の公告によつて始めて土地等について形質変更禁止の効力を生じ、又土地収用法第四十八条第一項第百条第百一条により裁決に定められた時期までに補償金の払渡、供託等が行われた場合に始めて使用の時期において具体的に調達局長は土地等使用の権利を取得するのである。)使用の認定そのものによつて当該土地等の所有者その他の関係人の有する権利義務に消長の生ずることはない。従つて使用の認定とは内閣総理大臣と申請調達局長との間においてその内容が特定されて居れば足るものであつて、必ずしもその告示自体において物件が特定されて居ることを要しない。然して東京調達局長は右使用の認定を申請するに際り、申請書に本件物件を表示した土地、物件調書並にその図面を添附して居たのであり、内閣総理大臣がその申請を許容して為したものである右使用の認定は、本件物件について為されたものであることは明らかである。従つてこの点の原告の主張は理由のないものである。

(二)本件裁決中損失の補償に関する部分に原告主張の如き瑕疵があるとの事実は否認する。特別措置法第十四条第一項、土地収用法第百二十九条第二項但書、第百三十三条によれば収用委員会の裁決の中損失の補償に関する部分に不服のある者は裁決の取消を求める訴とは別に建設大臣に対する訴願を経由せず直ちに調達局長を相手として訴を提起すべきこととされて居るのであつて、損失の補償に関する不服は専ら土地収用法第百三十三条所定の訴によるべきものであり、損失補償額算定の違法を理由として使用の裁決全部の取消を求め得ないものと解すべきである。よつてこの点の原告の主張は理由なきものである。

(三)本件裁決における使用の方法についての表示は必ずしも充分とは言い難い。然しながら本件物件は劇場並にその敷地、附属施設であつて、その通常の使用方法が娯楽教養施設として用いられるにあるものであることは客観的に明らかであり、然もアメリカ合衆国軍隊が日本占領直後から本件物件を後記(四)において述べる様に娯楽その他の為の施設として使用し来たものであり、今後も右の如き通常の使用方法において駐留軍によつて使用されるものであることは原告の熟知する処であるから、本件裁決において使用の方法が充分に表示されて居なくても違法であるとは言い得ない。更に土地収用法第四十八条第一項第一号において収用委員会が使用の方法について裁決しなければならないとされて居るのは、使用の方法如何によつて損失補償の額、当該使用によつて行使し得なくなる当該土地等に関する権利の範囲が異ることになるからであるが、本件の場合は使用方法如何によつてその結果を異にすることがあるとは考えられないから、仮に本件の使用の方法の裁決が違法であるとしてもそのことによつて原告の権利乃至法律上の利益が侵害されることはないので、右の違法を理由とする限りでは裁決の取消を求める利益はないものと言うべきである。

(四)日本国は安全保障条約によりアメリカ合衆国に対し同条約第一条に掲げる目的の為に同国の軍隊が日本国内に駐留する権利を附与した。人間生活にとつて娯楽乃至慰安が必要不可欠なものであることは多言を要しない処であるから、駐留軍が駐留する以上駐留軍々人の為の娯楽教養施設も亦必要にして欠くべからざるものと言わなくてはならない。従つて特別措置法第三条に所謂駐留軍の用に供することが適正且合理的である土地等とは単に直接駐留軍の軍事上の目的に供せられるものに限らず劇場その他駐留軍の人々の娯楽乃至教養の為に必要なる物件をも含むものである。東京都区内に営住する駐留軍兵員は一万二千二百六十七名であり本件物件は主としてこれら兵員並にその同伴日本人により娯楽施設として利用されて居り、本件建物内には大劇場、小劇場の外、スナツクバー、PX、クラブ、図書館、ホール等が設けられ、その利用延人員も非常に多数に上つて居るのであり、本件建物並にその中にある諸施設は駐留軍将校若くは軍属がその管理、経営に当つて居り入場料その他の支払はすべて軍票ドルで為され、米国々庫に帰属することになつて居る。又大劇場は右の外東京地区に営住する駐留軍々人に対する講演、軍事講習等の軍事訓練の為に月約四回使用されて居り、一ケ月平均約六千名出席して居るのであるが、これらの軍事訓練は一時に多数の者を訓練することを要するのであり、それが可能であるのは本件物件以外にこれを求め得ないのである。以上の事実から明らかな通り、本件物件は駐留軍々人の娯楽施設として又駐留軍々人の軍事教育のため施設として必要なのであつて、本件物件を駐留軍の用に供することは適正且合理的であると言わなくてはならない。従つて本件裁決には原告主張の様な違法はない。」と述べた(証拠省略)。

三、理  由

原告が映画の製作、配給並に上演等を業とするもので、本件物件を所有して居ること、訴外内閣総理大臣が訴外東京調達局長の申請に対し昭和二十七年十一月二十八日東京都千代田区有楽町一ノ一二所在土地一一六四、八七坪、建物四七九三、五〇延坪、工作物五件、設備九件、動産一二八八一点について特別措置法第五条所定の使用の認定を為してこれを告示したこと、東京調達局長が右使用の認定に基き被告に対し本件物件使用の裁決を申請し、被告が該申請に対し、昭和二十八年七月十五日別紙記載の通りの裁決を為したこと、原告が同年七月十七日その裁決書を受領したことは当事者間に争がない。特別措置法第十四条第一項、土地収用法第百二十九条第二項によると、収用委員会の裁決(損失の補償に関する部分を除く)に対して不服ある者は建設大臣に訴願することができることになつて居るので、本件訴を提起するには原則として本件裁決について訴願手続を経由して居なければならないものであるが、本件裁決による使用期間は昭和二十八年七月二十八日より昭和二十九年一月二十七日迄であるから、本件裁決について右訴願手続を経由し、その裁決を俟つて訴訟を提起して居ては訴訟の終結迄に相当の時日を要する現状にあつては訴訟による利益を受け得なくなる虞れのあることは明らかであり、原告が本件裁決について訴願裁決を経由することなくその取消を訴求したについては正当の事由があつたものと言ふべきであり、更に原告が本件訴を提起したのが原告の本件裁決書を受領した日である昭和二十八年七月十七日より未だ二週間を経過しない同年七月二十五日であることは当裁判所に明白であるから、本件訴は適法であると言わなくてはならない。

そこで先づ原告の主張(一)について考える。特別措置法第五条所定の使用の認定とは、申請調達局長に対し使用認定物件について特別措置法、土地収用法所定の手続の下に当該物件の所有者その他の権利者の意思に反してでもこれに使用権原の設定を受け得る権限を附与する行政行為である。使用の認定自体によつて調達局長が当該物件について具体的に使用権原の設定を受け、他方当該物件の所有者その他の権利者が当該物件について有する権利について何等の制約も加えられるものではない。(特別措置法第七条第二項、第十四条第一項、土地収用法第三十四条により調達局長の公告を俟つて始めて土地等について形質変更禁止の効力が生ずるものであり、又土地収用法第四十八条第一項、第百条、第百一条により、裁決に定められた時期迄に補償金の払渡、供託等が行われた場合に始めて使用の時期において具体的に調達局長が土地等に使用権原を取得することになるのである。)従つて使用の認定とは内閣総理大臣の申請調達局長に対する行政行為であつて、一般第三者に対して為されるものではないからその行為の内容が特定されて居るか否かは告示自体について考えられるべきものではなく、内閣総理大臣と申請調達局長との間において考えられるべきものである。従つて前記使用の認定の内容が特定されて居るか否かも内閣総理大臣とその申請者である東京調達局長との間において考えられなければならないわけであるが、東京調達局長が内閣総理大臣に対して提出した使用の認定申請書には、本件物件を表示した土地、物件調書が添附されて居たものであり、前記使用の認定は内閣総理大臣が該申請を許容して為したものであることは当事者間に争がないから右使用の認定における物件の表示は本件物件の員数と多少相違して居るけれども、なお内閣総理大臣と東京調達局長との間において考えれば本件物件について使用の認定があつたものと認めることができる。然るに以上右使用の認定は本件物件について為されたものとして、内容は特定して居るものと言うべきであつて、この点の原告の主張は採用できない。

次に原告の主張(二)について考えるに、特別措置法第十四条第一項、土地収用法第百二十九条第二項、第百三十二条、第百三十三条によると、収用委員会の裁決中損失の補償に関する部分を除く部分について不服ある者は裁決書正本受領の日より二週間以内に建設大臣に訴願することを認められて居るが、損失の補償に関する部分に不服ある場合は建設大臣に対する右訴願は認められず、裁決書正本受領の日より三ケ月以内に調達局長を被告として訴を提起すべきものと定められて居るので、収用委員会の裁決中損失の補償に関する部分についての不服申立てと、その余の部分についての不服申立とはそれぞれ別個の訴によらなくてはならないわけである。かかる法律上の建前からすれば、収用委員会の裁決中損失の補償に関する部分について存する瑕疵を理由としてその余の部分の取消を求めることはできないものと言うべきである。従つて本件裁決中損失の補償に関する部分に原告主張の様な違法があつても、そのことの故に本件裁決全部が取消さるべきものとは言えないからこの点の原告の主張はそれ自体理由なきものであると言う外はない。

次に本件裁決の使用方法の点について検討する。本件裁決によると本件物件の使用の方法として「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の用に供するものとする」とされて居るが、特別措置法第一条、第三条の規定よりすれば、同法に基いて使用される物件はすべて駐留軍の用に供される土地等なのであるから、本件物件が駐留軍の用に供される為に使用されるものであることは右の如き使用の方法の裁決を俟つまでもなく明らかな処である。特別措置法第十四条第一項、土地収用法第四十八条第一項第一号において特に収用委員会が土地等の使用の方法について裁決しなければならぬものとされて居る趣旨が、かかる特別措置法上自明の事柄を裁決せよとするにあるものと解せられない。土地収用法第七十三条後段「使用の方法が物件の形質を変更し、当該物件を原状に復することを困難にするものであるとき云々」の規定よりして見れば、同法第四十八条第一項第一号によつて裁決しなければならないものとされて居る使用の方法とは、裁決された使用の方法に従つた使用が為されることによつて当該使用物件の形質が変更されるものであるか否かを知り得る程度の具体性をもつたものでなければならない。従つて右に所謂使用の方法とは、当該物件が何人の用に供されるものであるかを明らかにすることではなくして、使用者が当該物件を具体的に如何なる仕方で駐留軍の如何なる用途に充てることができるものであるかを明確にするものでなければならない。然るに本件裁決には前述の通り使用の方法として駐留軍の用に供するものとする、とあるだけであつて、前示の如き具体的な方法については何等示す処がない。被告は本件物件は劇場とその敷地、附属設備であつて、その通常の使用方法は客観的に明白であり、然もその通常の使用方法に従つて駐留軍の用に供せられて来たものであり今後共その通常の使用方法に従つて駐留軍の用に供せられるにあるものであることは原告の熟知する処であるから、使用の方法について具体的な表示を欠いて居ることが必ずしも違法とは言えないと主張する。然しながら土地収用法第七十三条後段の規定に徴して見ても、裁決される使用の方法が当該物件の通常の使用方法に限定されるものではないから、本件物件の通常の使用方法が客観的に明らかであるとしてもそのことによつて使用の方法を裁決において明らかにしなくてもよいと言うことにはならないし、又使用の裁決が為されると、裁決申請調達局長は、申請の趣旨並に審理過程の如何に拘らず、当該裁決自体において定められた使用の方法に従つた一切の使用を為し得るに至るものであるから、駐留軍が過去において如何なる仕方で本件物件を使用して来たか又現在如何なる仕方で使用して居るかが明らかであり、更には申請調達局長が駐留軍の如何なる用途に充てる意図であつたかが明白であつても裁決において前示の如き具体的な使用の方法を明らかにしなくてもよいと言うことにはならないのである。ところで本件裁決自体においては本件物件の使用の方法として「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の用に供するものとする」とあるに止まり、如何なる用途に使用されるかを明らかにして居ないことは本件当事者間に争いがないのであるから、右裁決は上来説示したところにより特別措置法第十四条第一項、土地収用法第四十八条第一項第一号の規定に反する違法のものであると言わなくてはならない。被告は右の如き瑕疵については、これによつて原告に何等の不利益も生ずるものではないと主張するが、裁決における使用の方法如何が被使用者にとつて何等の利害関係をも持ち得ないと言うことは考えられないことである。土地収用法第七十三条の損失の補償も、同法第百一条第二項但書によつて行使し得る権利も共に当該物件の現実の使用の仕方によつて定まるものではなく、裁決において特定された具体的な使用の方法の内容に従つて始めて算定可能となり又決定されるのであるから、この点だけを取上げて見ても本件裁決における使用の方法についての前示の如き瑕疵が原告にとつて利害関係のあるものであることは明白である。

尤も本件裁決における使用の方法についての裁決が、具体的な使用の方法を限定せず、駐留軍の用に供せられる以上如何なる使用の方法によるも差支へないとする趣旨であると解し、従つて使用の方法の表示として欠くるところはないとの考え方もあるかも知れないが、この場合においても土地収用法第七十三条、第百一条第二項から見ても、使用の方法として、一切の使用の方法が許されるものであることを明示すべきが当然である。然も特別措置法第十四条第一項、土地収用法第四十八条第一項第一号、第二項によれば、収用委員会は土地等の使用に必要な限度で使用の方法について裁決しなけばならないものとされて居る。その使用し得る土地等とは特別措置法第三条によれば、駐留軍において必要とし且駐留軍の用に供することが適正且合理的であるものに限られて居るが、その適正且合理的であるとは、証人長岡伊八の証言より認められる同法立法の経過に徴しても単に駐留軍が当該物件を使用することを希望し、又は便宜とすれば足ると言うのではなくして、安全保障条約第一条所定の目的を持つて日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊が日本国に駐留するについて当該物件を使用する客観的な必要性がある場合でなければならない。かかる使用の客観的必要性は、当該物件が具体的に駐留軍の如何なる用途に充てられるものであるかと言うこととの関連の下にのみ決せられることである。この客観的必要性は使用の認定に際つて内閣総理大臣によつて一応判断せられて居るのであるが、使用の認定はすでに述べた通り調達局長に対し当該物件を特別措置法、土地収用法に従つて使用し得る権限を附与するに止まるものであるから、内閣総理大臣が使用の認定を為した場合、収用委員会は調達局長が特別措置法、土地収用法の規定に従つて当該物件の権利者の意思に反してでも使用権原の設定を受け得る地位にあると言うことを否定することはできないが、調達局長から使用の裁決の申請があつた場合、当該物件使用の裁決をするについて特別措置法第三条、第十四条第一項、土地収用法第四十八条第一項第一号、第二項により、自ら駐留軍が当該物件を具体的に如何なる範囲で如何なる用途に充てる客観的必要性があるかを判断し、決定しなければならないものである。上敘の如く、駐留軍の用に供することが適正且合理的であると言ひ得る為には右の如き使用の客観的必要性が具備される場合でなければならないのであるが、具体的使用の方法を特定することなく、如何なる使用方法によるにせよ駐留軍が当該物件を自己の用途に充てる以上当該物件を使用する客観的必要性あるものと認めることは到底できないことであるから本件裁決における使用の方法の表示が如何なる使用の方法によるも差支へないとする趣旨であるとしても本件裁決は特別措置法第三条、第十四条第一項、土地収用法第四十八条第一項第一号、第二項の規定に反する違法のものたるを免れない。

以上判示の通りであるから、本件裁決は違法としてこれを取消し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 桑原正憲 山田尚)

(別紙目録省略)

昭和二十八年第九号

裁決書

起業者  東京都千代田区神田岩本町三番地

東京調達局長 安田清

被申請人 東京都千代田区有楽町一丁目六番地

(土地等所有者)東宝株式会社取締役社長 小林一三

前記起業者の申請に係る、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」(以下「特別措置法」という)第三条の規定による土地等の使用に関する右当事者間の事件につき、つぎのとおり裁決する。

主文

一、使用する土地等の所在、種類、数量及び使用の方法並びに期間

1、使用する土地等の所在、種類、数量は別紙目録のとおりとする。

2、使用の方法は、日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の使用に供するものとする。

3、使用の期間は、使用の時期より昭和二十九年一月二十七日までとする。

二、損失の補償は、つぎのとおりとする。

金四千七百八十八万五百二十二円也

三、使用の時期は、昭和二十八年七月二十八日とする。

事実

一、本件土地等は連合国最高司令官の要求に基いて接収され、特別措置法施行の際現に連合国軍隊が使用を継続し、これに対し起業者は被申請人と賃貸借契約を締結していたのであるが、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約の効力発生の日から九十日を経過した後もなお駐留軍のために使用する必要があつたので、起業者は被申請人と賃貸借契約を締結方再三協議を重ねたが不調に終つた。

よつて起業者は特別措置法附則第二項の規定により一時使用をするとともに、昭和二十七年十一月二十八日同法第五条の規定による内閣総理大臣の使用認定を受け、同年十二月一日同法第七条第二項の規定による公告をなし、昭和二十八年一月十七日土地等の使用並びに損失補償につき当委員会に裁決を申請した。

二、起業者申請の要旨は、つぎのとおりである。

1、使用しようとする土地等の所在

東京都千代田区有楽町一丁目十二番地の二

2、使用しようとする土地等の種類並びに数量

(イ) 土地 千百七十四坪七合四勺九才   (別紙目録の内容に同じ)

(ロ) 建物 四千七百九十三坪五合八勺九才 (    同     )

(ハ) 動産 一万二千八百六十四点     (    同     )

(ニ) 設備及び工作物 十四件       (    同     )

3、土地等所有者の氏名

東京都千代田区有楽町一丁目六番地

東宝株式会社取締役社長 小林一三

4、使用の方法及び期間

(イ) 使用の方法は、日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の使用に供する。

(ロ) 使用の期間は、昭和二十八年一月二十八日より一年とする。

5、損失の補償

金七千四百十七万五千五百七十円也

(内訳)

一、建物に対する賃貸料 金七千三十二万二千四百四十三円也

一、物件に対する損失補償 金三百八十五万三千百二十七円也

建物賃借料は地代相当額と純家賃との合計額とし、地代相当額は固定資産課税台帳登録価額の五分相当額に固定資産税額を加算したもの、純家賃は固定資産課税台帳登録価額の七分相当額に固定資産税額、減価償却額及び火災保険料を加算したものとしている。

物件の損失補償は、一定の算式によつて物件の時価を算出し、これに物件毎に定められた歩合を乗じた額に火災保険料を加算し、固定資産税が賦課されているものについては更にその税額を加算したものとしている。

6、使用の時期

昭和二十八年一月二十八日とする。

三、しかるに特別措置法附則第二項に基く一時使用は昭和二十八年一月二十七日をもつて期間が満了するところ、その以前における本件裁決は困難であるとして起業者は同年一月十七日土地収用法第百二十三条第一項の規定により緊急使用の許可を申立て、当委員会は同年一月二十七日これを許可した。

四、被申請人は土地収用法第四十五条の規定に基き昭和二十八年二月十日文書をもつて、「アメリカ合衆国軍隊が日本国に駐留する目的が日本国に対する武力攻撃を防止するためであることは明らかであるから、特別措置法第三条にいう、駐留軍の使用に供することが適正且つ合理的であるためには駐留軍による土地・建物の使用が日本国に対する武力攻撃を防止するために必要でなければならない。しかるに本件は劇場の建物、その敷地及び設備等であり、これを劇場として使用するためであるから本件物件の使用が日本国に対する武力攻撃を防止するために必要であると言われないので起業者の本件申請は違法であり少くとも不当である。

なお被申請人は目下立体写真(シネラマ)につき計画研究中であり、我国において立体写真の映写に適する映画館は本件建物をおいて他に物色し難き実情であり、今後更に駐留軍の使用が継続されることは甚だ苦痛である。よつて本件物件はこれを返還してほしい」と申立てた。

五、被申請人は更に土地収用法第六十三条の規定により、

「東宝劇場と同様の日本劇場を標準にとり、今すぐ興行すれば内輪に見積つても収益として一月千百七十五万二千五百五十円をあげることが出来るから従つて同額の損失を蒙つている」と申立て、つぎの収益見込を附し新たな意見書としてこれを提出した。

名称      月額興行収入    収益率     見込利益金

大劇場  一九、六七〇、〇〇〇円  二五%  四、九一七、五〇〇円

小劇場   五、九六七、〇〇〇円  二五%  一、四九一、七五〇円

四階劇場  三、九三六、〇〇〇円  三〇%  一、一八〇、八〇〇円

食堂    九、一五〇、〇〇〇円  二五%  二、二八七、五〇〇円

売店    三、五〇〇、〇〇〇円  二五%    八七五、〇〇〇円

雑収入   一、〇〇〇、〇〇〇円 一〇〇%  一、〇〇〇、〇〇〇円

計    四三、二二三、〇〇〇円      一一、七五二、五五〇円

理由

一、被申請人は本件申請は違法であり、少くとも不当である旨申立ているが、本件土地等は内閣総理大臣において、日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の使用に供するため、昭和二十七年十一月二十八日使用認定をなしたものであるから本件申請は適法妥当である。

二、使用する土地等の種類、数量及びその使用方法については、本件土地等が駐留軍により有機的に運営使用されるものであるから起業者の申請は適正且つ合理的であり必要の限度と認めた。

三、使用の期間については、駐留軍の使用する期間が不確定であるから、起業者の申請を相当と認めた。

四、使用の時期については、損失補償の支払に要する期間を考慮し、昭和二十八年七月二十八日とした。

五、損失の補償については、

(イ) 起業者の算定方法は、建物及び物件自体の賃借料の計算方法としては妥当なものと考えられるが、建物等の使用による損失補償としては建物本来の使用目的を加味すべきであつて本件建物は劇場用建物であるにもかゝわらず、本件申請においてはかゝる点が考慮されていない。現に起業者は営業用建物については接収以後昭和二十七年四月二十七日までの連合国最高司令官の要求に基く使用期間に対して「営業用建物に対する占領期間中の賃借料加算による見舞金」を別途支給し、被申請人は本件建物に対してこれを受領している旨申立てゝいるのであるから本件損失補償においてもその事情を考慮すべきである。

(ロ) 又被申請人は前述の意見書において一月千百七十五万二千五百五十円の損失を蒙る旨申立てゝいる。

これを検討するに、右の損失額算出の基礎である興行収益率については、東京国税局の調査によれば本年一月一日から四月三十日までの被申請人の経営に係る全劇場の収益率は一割六分二厘であり、本社費の控除、建物の優秀性等を考慮しても被申請人の見込は過大である。又興行収入については、特別措置法第四条及び土地収用法第六十三条の規定による被申請人の意見書は一貫性を欠きその金額も過大である。よつて収益率を二割、総収入月額を見積額の九割とするを妥当と認め、これにより算出すると損失補償額は月額七百七十八万百四十円となる。

(ハ) しかるに起業者は前述のとおり本件建物に対し、「営業用建物に対する占領期間中の賃借料加算による見舞金」として、建物賃借料に六割一分三厘九毛を乗じその五割を支給しているので、本件申請の損失補償についても同様の計算方法によつて算出すると、見舞金相当額は月額百七十九万八千七百八十九円であり、本件申請の損失補償月額六百十八万千二百九十八円に加算すると七百九十八万八十七円となる。

(ニ) よつて当委員会は、(ロ)及び(ハ)の損失補償額を比較勘案し後者をもつて相当と認めた。

以上の理由により主文のとおり裁決する。

昭和二十八年七月十五日

東京都収用委員会

(別紙目録省略)

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